病気で無くなった友人や死と向き合ったことある知人が数人いるけど皆言ってた事が「死と直面した時、考えたのは欲しい物を買ったことや買えば良かったじゃなくて、誰かと一緒にもっと過ごしたいもっと何処かに行きたい」だったので人はきっと物よりも経験や人に時間もお金もかけた方が幸せなんだと思う
ツイートに対するネットの反応
危篤の報が来る前に妹が珍しく実母に「もう少し居て」と帰るのを引き留めた。実母は泊まるつもりはなかったので最終電車で帰ってまたすぐ来るからと妹に言ったそうです。そばに居て欲しいと妹が実母に甘えたのはあの時限りだったと3年間見守っていた実母が妹が亡くなったときに教えてくれた。
ほんとそれ思う。
去年の5月に友達を亡くした。
妊娠中だったし、コロナが流行ってるから、『また今度遊ぼう』って言ったら、また今度はなかった。
もっと、たくさん会って、くだらない話すればよかったって、一生後悔してくんだろうな。
高3の受験生の夏、9月の3連休にあったアラフェス2013。
「当たるわけない」と思ってたけど運良く当選した。
母には「受験生だから」と行くのを反対されたが、父は「受験勉強よりライブのほうが後の人生で大切になる」と言っていた。
「受験」も「ライブ」も「経験」ではあるけれど、
日曜日に最後のお別れをしてきましたが、どうして良い人って先に旅立ってしまうの😭あんなに明るくて楽しくて元気で勉強熱心で老若男女たくさんの友人知人がいて皆から愛されて慕われて走り回っていたのに😢
過ごした年月の長さじゃなく出逢えたキセキに感謝してる……でも😭もっと一緒に居たかった😣
亡き義母はいつも田舎に帰りたいと言っていた。重い喘息を患っていて、医者にも移動を止められていたし、結局一緒に遠出もできなかった。いつか義母の写真を故郷に連れて行ってあげたい。
わたしは車に吹っ飛ばされながら、アッこれ死ぬやつだ、えっ顔が血まみれになるのやだ守りたい、やばい何も思い出浮かばん、まじでこれで終わり?しゃーないもういいわ、って思ったところで意識飛んだ。走馬灯はなかったけどスローモーションだった。
Barian-Elysion(ばりにゃん)@VRC🌙.*·̩͙@BarianElysion
亡くなった後に気づく…お母さんやお父さんにもっと親孝行をしてあげれば良かったと美味しいものを一緒に食べて一緒に旅行に行ったり…当たり前な事ももうできない、後悔だけが残る…そんな人生
仕事中にこのツイートを見て泣きそう。一人っ子の息子の小学校入学とともに一緒に過ごす時間を増やす為に正社員の座と収入よりも時間を取るかすっごい迷ってるけど、何かストンと落ちた。息子の為にもだけど、息子より先に死ぬであろう私の為にも後悔の少ない選択を。何気ない時間の大切さを。
亡くなった友達+仲良しメンバーで行った日光や鬼怒川温泉や伊勢。
いつか…
また同じ宿に泊まって
夕飯は当時食べた時と同じ配膳で
亡くなった友達分増やしてもらって
食っちゃべながら話がしたいね〜
なんてみんなで話したよ。
あの時楽しかったよ。
2歳からの幼馴染の父親が死んだとき「お前らが二十歳になったらみんなで飲みに行くのを楽しみにしてる」って小学生の頃に言われたのを思い出したな
ちょうど19だったわ
Mantis⁴²º@大麻合法化@Mantodea_Mantis
サイコパスなんかもしれんけど
俺の場合 あの時俺が〇〇してれば死なんかったっていう地点に対しての後悔やねんな。
あと自分が死にそうになった時は「充分楽しかった、人生100点満点、みんなありがとう」やったで
「もっと生きたかった、やりたかった」とは思わんかったけど
このツイート自体はいいんだけど「物じゃないんだよ」ってバズの下に、物の宣伝を足してるの微妙だし、その下のエステに至っては「下のURLからの予約限定で通常16200円が500円、30700円が1000円になるよ」(紹介)ではい怪しすぎ〜!ってなった。
愚痴になるけど、これ死ぬ前じゃなくてもそうだわ。
青春時代いろんな所に自由に旅行行きたかったわ。
親の思想信条にコントロールされてるから方向が悪いとかクソくだらん事を気にしている間に歳を取った。
皆も行けないなら諦めがつくけどな、そうじゃないからな。
癌に罹患して思った。
「いつかは終わる(死ぬ)のだから
やりたいことをしよう」
それって経験を積みたいって事だった。
超行動的と言われる根っこ。
雲丹肉ちゃんのツイートで思い出せたよ。ありがとう!
私も人との付き合いでは後悔したくないって考えやな。好きな人や大切な人には好意をハッキリ伝えるようにしてるし、会いたい人にはできるだけ会いに行く。同じ時間を共有できる幸せはちゃんと噛み締めたい。明日どうなるかわからんからね。
仰る事は尤もだと思う。
しかしそれは、衣食住に困らない生活をしていた人だけでは?
事情あって、餓死する寸前まで追い詰められた知人が居るけど、その時思った事は
「こんな虫ケラみたいな死に方はしたくない、だけだった」
だそうだ。
社会全体としては、日本はまだ平和な国なんだな、と感じる。
思い出は…辛い時もあるけれど
やっぱり人を強くしてくれる。
そんな気がしています。
子供たちとの10年を、一緒に過ごせた幸せを今日は噛み締めたいです。
私が死にかけたとき→「正常な意識状態になく、私の記憶自体もキング・クリムゾン。」
生き返ったとき→「まだ、生きなきゃならんのか…」
何もかもどうでもいい悟りの境地にいました。今は若くして、人生のオマケを生きてる気分です。意識ない系といいますか。確かに多少ですが人格変わったかも。
失敗小説と呼ばれるものがあって、主人公は受動的と言われ、旅行をたくさんするけど全然報われない結末
モノより思い出はそうなんだけど、じゃあただあっちこっちに移動しさえすれば、人生は勝手に充実するのかというと全然そうでもないような
真理なんてほとんど無い世の中の数少ない真理のひとつ。
だから妻や息子との時間を大切にしている。
余暇があれども無理して甲勲章に挑まぬ、これが私の丁勲章だと信じている。