正論を言えばバカにされる、現実を見ろと笑われる。正論ばかり言っても社会は変わらないといなす人がいる。それでも、それでも社会が微々たるものながら前進してきたのは最後まで「正論」を言い続けた人がいたからだ。誰になんと言われようと諦めるな。正論を追い続けた人だけが変えられる未来がある。
ツイートに対するネットの反応
「正論を言い続けた人がいたから社会は前進してきたんだ!」
…それって、その言説によって変革がもたらされたから「正論」って言ってるんじゃないの???
自分が言っていることが、果たして「正論」なのかは考える必要があるし、それが普遍的なものなのかも検討する必要がある。
正論がバカにされてるというよりは
単なる知識不足、正論っぽく見えるものがバカにされていることは非常に多い。
これは日本の特異性である。私の知る限り英米では、正論がバカにされるなどということは全くない。むしろ正論は当然すぎて退屈と思われる。だから価値ある発言には正論を超えた革新性が必要だ。一方日本では正論が現実的でないとされるが、そういった評価は現状維持の惰性を生むのみで革新力を奪う。
正直、「現実は甘くない」「社会は厳しい」と邪魔ばかりしてくるしょーもない大人は無視でいいからな。
何もできない自分に絶望するあまり、希望を持つ若者に嫉妬してるだけだから。
素晴らしいご意見に心より同感です。
「正論」を笑い嫌う者は議論を嫌うか不都合の者。
いつしか「正論」に対する認識が完全に曲解され蔓延している事が一番の原因で、理論や議論を避けたがる人々によって「正論」という言葉が独り歩きしてしまっていると私は感じている。
正論や理想・綺麗事を言い続けるからこそ実現できる。
鬼滅や約ネバが流行るのも、そこにもあるんだと思う。
「いやー、現実だよね。鬼には勝てないし、禰豆子は人間には戻せない…」って炭治郎が諦めてたらそこで終わってた。
現実社会でも正論や理想を語る人がいるから、社会は変えられる。
そんなに気合の入った生き方はしていないけど、正論だけが行動指針の基盤たりうるのは確かです。そして、劇的なイノベーションはいつも「あきれるほど正論」の上にありました。
正論、というネーミングがよろしくないのだと思います。なんてたって、立場を変えればあれも正論これも正論なので。そんな名前のトンデモ雑誌もあるし。政治家は夢とか理想を語るべき、清く美しい姿勢を見せるべき。李下に冠を正さず、です。