こっちがまるで許す心境になっていないのに「話し合いを」「お食事でも」的なことを第三者から持ち掛けられて「あ、『その場に出向く』こと自体が『和解した』『手打ちの儀式に参加した』扱いになるな」と思ったら、どんなにその第三者に心苦しくても「その場に行かない」ことも重要な選択肢の一つ。
ツイートに対するネットの反応
piyobear@シマエナガ展ありがとうございました@piyobear
ツリーの善意の第三者の記述に納得した。居るんだ自分の得にもならないのに仲介する人は。その人にとっての理想と正義に振り回されて疲れちゃう。。。
許さないという気持ちを持ち続ける事がどういう事なのか、意味分かってない人は割と多い。そしてそれは静かに静かに動き続けてて、気が付いた時には手遅れだったみたいな事はよくある話である。
たいてい、「一生許さない。」とはっきり自覚して根に持って執念深く相手の不幸を願っていることを言葉に出して表明している。心を健康に保つために、嫌いと許さないは明確にして、それに抗うことなくしている。
いじめという名の不法行為でも普通にあった。しかも、この方のツイに出てくるお節介な人が実母なんだから、余計厄介。
学年のほぼ全員から加害あったけど、とある加害者は、加害者も上級生にいじめられてたから(許してあげなさい)。他のある子は、親から虐待受けてたから(許してあげなさい)だって。
こちらが許す気のない事で「先日はこちらの間違いでした」といった所で、「いえいえこちらこそ」となると許したことになるから、その場合全く関係ないことで「〇〇してくれてありがとうございます」という話を噛み合わせないようにする手段も。
つづれ しういち@なろう・カクヨム・アルファポリス@ShiuichiTsuzure
「許す」とは「忘れる」だと、とある(家に回ってくる)某宗教の人から教わったことがある。
でもそれは、めちゃめちゃ高次元の「許し」で「免罪」なんですよね。なんなら何十年もかかるし、一生掛けてもできないこともある。
せめても「復讐しない」だけで放免してくれや…と思わなくもないですね…
確かに。この先の人生、金輪際関わらないのでどうでも良いですと割り切ってる時に来ると邪魔でしかない。
手打ちにするのはそうしないと日常生活に支障がある場合の解決策の一つであって、決して誰かの理想の平和のためなんかではないのに。
ツイッタランドがなかったら今頃死んでるだろうなって思うキラキラunko@34BBA5
我が家かwww だから私は夫を完全に無視する。相手と同じテーブルにはつかない。反発することでしか意思表示ができない。こっちが許してないのに。どうして許されたと思うのか、理解に苦しむ。
しぐれ(いぇに)@蛇と蜘蛛飼育者@amaphotoshigure
これが心理なんだよ。去年の夏から散々絡んできて最終的に「めんどくさ」って済まされた時はもう関係切りたくなった。というかブロックしてるんだけども
現代社会における人と人とのかかわり方に関する、漠然としてはいても多数派の思考をテキスト化なさっていて非常に興味深い。
個人的には圧倒的に許して「いただく」側であることが多く、こんな悩みを抱えたことはない。許していただく側からすると、そんな出来事があった時点でその相手と関わる…
子供の入園当時から思ってたな「はい○○ちゃんたち握手してー はい仲直り♥️」っておかしかないか?って うちの子が関わってるかどうか関係なしに うちらの時代にはこんな風習無かったし罪状確定した加害児童は腹切るかってくらいの詫びを入れさせられた丸刈りとか
ツリーも全部読ませていただいた。おっしゃる通りです。私は正にこの流れを体験しました。この流れを何度も繰り返されるので今は「その場に出向く」ことも拒否してます。許せ許せって言われても、もう無理なもんは無理ですわ…。
まぁ落とし所を見付けるのも大人なら必要だけどもね、この辺は駆け引き。
第三者は自分に都合良く使え、第三者の「手打ちして欲しい」というのも第三者の立派なご都合主義だからぬ。