僧侶が遺体を喰らって鬼になる「青頭巾」なる古典を高校で習ったんですが、その朗読中に先生が「『肉を吸い骨を舐め』…ははあ、腐乱死体だから肉は『吸い』なのか」って呟いたとき、クラス中が飛び起きたし、今でもその一節を覚えてる。
解釈の解像度が凄まじく高い先生だったんだなあ。
ツイートに対するネットの反応
チョッピー / ふらとぴ運営者 / 定められた方法で段ボールを捨てられる男@Choppy_shiuichi
青頭巾なつかしい。大学の授業で青頭巾を題材に劇を作りました。僕はディレクター&脚本。脚本は事前に用意されてたんだけど、面白くなかったのでほとんど書き直した。12グループ中3位とかになったかな、確か。講演の録画データがどこかにあるはずなんだけど、どこにやったかなぁ。無くしたかなぁ…。
『雨月物語』ですね。
昔、美濃の国に快庵禅師といふ大徳の聖おはしましけり。若きよりけふがいの、、、
っていうあれだ❗
青頭巾をかけた相手が数年後に訪ねたらまだいて、頭巾を取ったらボロボロになって崩れ落ちた、という話だったかと?
上田秋成について1200字レポートを書いたばかりなんだが。こんな素敵なエピソードがあるなら、作品の様式や技法のほうで書けばよかったか。書いたのは、文化史・芸術史の流れの中での位置付けだった。
青頭巾は雨月物語収録の一遍で、栃木県栃木市の大中寺が舞台で、鬼滅の内容ともリンクしてるから近頃注目されてたような(うろ覚え)。
ちなみに授業で扱う映像力鍛錬題材は羅生門がおすすめ。芥川の脳内映像力の凄まじさがよく分かる。
南方熊楠の随筆に「肉吸いという鬼」が出てきて、これは明らかに生きた人間の肉を吸う設定。
他の用例探さないとわからないけれど、「腐乱してるから『吸う』」ってのはテキトーな思いつきなんでは…。生徒を惹きつけたなら良かったのかもしれないが、それが印象に残ってしまうというのはなんとも。
これは全然違う話ですが、一学年下の方に
平家物語の「首捻ぢ切つて捨ててんげり」がクラスで流行ったと聞いて意味が解らなかったことを思い出しました
日常から遠いものに興味を抱かせるのに長けているって素晴らしいし、先生の課外授業の「I was born」の配布資料は未だに唯一とってある
こういう先生いると途端に授業が楽しくなる。
高校の時の現代文の先生が、
「オスカルは何故アンドレを選んだのか」(こんな題名じゃなかったけど)
っていう随筆で授業した時はめっちゃ面白かった
結果、彼女は強いし名誉も金もあるから、自分に寄り添う男性が良かったと。
これは私もこの解釈で読んでいたんだけど、普通そうなんだろうと思ってた(笑)
これ読んで初めて気づいたんだけど、普通じゃなかったの???これ???😅
衛生兵(手を洗い、うがいをし、顔を触らない達磨)@combatmedic
愛するお稚児さんが病気で落命した後も、死骸に執着し続け、しまいには食べて鬼になった坊さんの話を聞いた事が有るが、同じ話じゃろか。
しかし、なんとも優れた先生じゃ。
まめぞうys49⚾️推しは二軍start@swafan20181123
ヒェッ…笑
でも、そうなのよね。物語を楽しみ尽くすには、文を理解できるだけの知識とか教養とかが必要になってくる。
全ては網の目になってて、どんな経験も無駄じゃないって思うわ。
しかし、これに続くツイートで笑った。腐女子量産古典🤣
神流うり@モルカーだと思い込んでいる愚かな人間@kamiru_uri
高校の文芸部に居た時、栃木県の文学集の本で雨月物語の『青頭巾』を知って、ガッツリと読んだし、話の元になった根なし藤を見に大中寺行ったわ
そして『青頭巾』が私が腐女子に片足を突っ込む切っ掛けだったりする…
よく孤独死の現場でマットレスや畳に残る黒い液体痕を見るとああ、人はほっとくとドロドロに溶けるんだなというイメージがあるのでこの解釈は自然だなと思う。
え、これ、愛撫の表現なんじゃないの。確かに腐乱死体ではあったと思うけど。
それにしても、雨月物語にも色々話があるが、青頭巾をチョイスする学校があるんだな