安易に「『才能』なんてないよ」とか「努力が足りないだけ」といったフレーズが使われるのは、全力を尽くしても結果が伴わなかった人間からしたらたまったものではないと思うのです
ツイートに対するネットの反応
仮にこれを、「身長2.5m以上の選手はバスケをしてはいけない」では明らかに差別論になるので「どこまでルールで公平にするか」を考えないと「バスケットボール」という枠組みが消えてしまうという事になるわけで。
全力を尽くした上で無理なもんは無理ってことはある。
でも大した力も尽くさずにただ遊びついでで上を見すぎるのは好きじゃない。
ゲームの話だけど所謂エンジョイって奴で時間だけ費やして、自らの下手は認めずガチっぽい事を口だけ言ってる輩。
「身長185ないとか背を伸ばす努力とか前世の徳とか足りなすぎ。
科学がどうこうとか、そんなに要らないとか言い訳してるから背伸びなかったんだよ?」(殴り掛かられる)
障害持っている人からしたら出来ないかもしれないけど、みんな同じスタートからで人より努力すればできるようになると思うんだよな、、、。才能とか努力じゃなくて、向き不向きの関係じゃないかなあ
抗鬱剤服用の犬ずきトカゲ20㌍@inuzukitokage21
才能はある なぜなら私が体験したから
それは学生の時 私と友人は同じ資格試験を受けたのだが
勉強熱心な友人が落ちて
授業以外ほぼノー勉強の私が受かった
努力が報われない世界は理不尽だと思った
『努力』とは『目標に到達するための行動』なので、低身長なのにダンクを目標にしているのは確かに努力が足りない。
『低身長だがダンクができるようになる努力』をしても、到達のための『才能
』が足りてないので『目標を変更する努力』も視野にいれるべき。
結果に繋がらなくても実は結ぶし、報われる事だってある。
結果が全てではないってのはそういう意味。
無茶な事もあるし、無理な事もあるけど、無駄なんて一つもない。
> 全力を尽くしても結果が伴わなかった
割とこの「全力を尽くす」ってのを間違えてる例がごく普通にある件……
ダンクできるようになるために毎日フルマラソンしてるとか。
言いたいことは分かるが自分より出来るからと言って他人の努力を見ずに勝手に才能がある巨人化しててもダメなんだよなぁ
そもそもダンクだけがバスケではない、適性って物もあるので努力して才能を磨く過程で自分の適性を見つけて欲しいと思います
報われないことを怖がって努力を惜しんではいけない
でも「諦めてしまったらそこで試合終了」なのは事実で
「できなかったとしても頑張ってきた間の積み重ねは自分のなにか」になっているはず
少なくとも「できないからそこで辞めた人」よりかは上に立っている
安易に「才能が全てだよ」とか「努力しても無駄だよ」といったフレーズが使われるのは、才能があり当然に結果が伴う人間からしたらたまったものではないと思うのです
少なくとも絵に関してはほんこれ。どんなに頑張っても常に「上」がいて(しかも画力だけでなく人間性や魅力も敵わない)「上」の人ばかり注目や称賛されててこっち完全スルーされ続けてたら、自己肯定なんて1ミリも残りませんわ…
これ学生時代めっちゃ悩んでた
なんで自分は周りと比べてこんなにできないんだ?と思ってたけど
結局は自分が持っているカードで人生勝負するしかない
でもそれに気づいてから周りと比べることがいかに無意味であるかということに気づき、人生楽しくなったような気はしている
『ぼくは才能のない凡才の最低の人間です。この凡才の最低のぼくが努力でこれだけ出来るようになったのに、何故出来ない?何故努力しない?不思議だ!』って才能をひけらかし、他人の足を引っ張ってくる人知ってた(過去形)(笑)。
全力を尽くしてる人の少なさも関係してると思います。
あと、努力が足りている人の中で「納得」という結論を出す人もいます。
結果が伴わないことと挫折や失敗はイコールで結ばれるべきではない。と思いる人です。